京都観光も 三日目最終日です
朝 時間に余裕があれば散策しようと 思っていて
早寝 早起きだったので
一日目 見過ごしてしまってた
土佐稲荷 (岬神社) 土佐藩邸跡 を目標に 一人で散歩する事にしました
地図も見ないで 気ままに歩いていたら
全然見当違いな方向に行っていて 「柊家旅館」の名前を見て はじめて
方向違いに気づきました
機会があれば 宿泊したい旅館です
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そこからは携帯のグーグルマップを 発動
途中アーケード(寺町通)進んで行くと
アーケード(寺町通)中に お寺がありました
矢田地蔵尊
「矢田寺」として親しまれ「苦しみを代わってくれるお地蔵様」で
住職夫婦の手づくりの「ぬいぐるみ守り」が人気だそうです
携帯に導かれるままに 到着
岬神社(土佐稲荷)
早朝なので 施錠されていました
隙間から パチリ
木屋町通に出た所に
高瀬川を横目に戻りました
武市瑞山先生寓居跡の前も通ったのですが 気づかず 残念
もう少し時間があるので 御池大橋のたもとから 鴨川に降りてみました
二条通方向
御池大橋
宿に戻り 荷造りを済ませ
朝食を美味しく(お腹いっぱい)頂き
予約していたレンタカーを手配し「幾松」を出発です
平安遷都1100年を記念して 明治28年に創建されました
当時 幕末の戦乱 明治維新によって事実上首都が東京へ遷った事で
京都の衰退ぶりは目を覆うものがあった中
京都復興への市民の「情熱」と全国の人々の京都に対する「思い入れ」が
結実して 復興と共に 平安神宮が創建されました
応天門
圧巻の広さ 大きさ
「情熱」「思い入れ」が 伝わります
車に戻り 銀閣寺へ向かいます
車移動は 歩く距離が少ないのは もちろん
移動中 座っていられるのが 何よりです
(当たり前の事なんですが 改めて実感します)(^_^;)
銀閣寺
ここで 思いがけないハプニング
車のナビに「銀閣寺」を登録
ナビに従って 近郊まで来たのですが
なんと とんでもなく細い路地に 案内されてしまい
最後は 行き止まりになり Uターンすら 出来ない状態に
そんな私達を 見ていた 地元の「自転車に乗ったオジさん」と
「お兄さん」が 近づいて来られたので
「銀閣寺に行きたいのですが」と 尋ねると
「自転車に乗ったオジさん」から 帰ってきた 言葉が
「ナビやろ」でした
同じような 観光客が 多いみたいで
思わず 笑ってしまいました
この後 「自転車に乗ったオジさん」は
切り替え出来る所まで バックで戻るのを 先導して下さり
駐車場に先に 到着されて 「ココ ココ」と 指を差し
私達が 頭を下げると 自転車に乗って 行って仕舞われました
人情あふれる 旅の エピソードが 増えました
観音殿「銀閣」
向月台
本堂
銀沙灘
東求堂
錦鏡池
銀閣寺の周りには 色んな種類の苔(こけ)が びっしりと 育成しています
名園を維持するためには 苔の管理も怠りなく行われており
大切な苔 歓迎しない苔 邪魔な苔 などに区別され
適した苔を選別して 育成させているそうです
古き良き 空間を満喫し 後にしました
車に戻り金閣寺に向かいます
総門
仏教において女性・男性とを問わず
在家の信者が守るべきとされる基本的な五つの戒め(いましめ)
ベストポジションから 金閣寺を 撮影と思いきや
2匹の鴨が 水面の「逆さ金閣」を 掻き消しています
しばらくして
陸舟(りくしゅう)の松
夕佳亭
不動堂
幼いころ(50年位前)家族で 訪れて いるのですが(記憶は微か)
修復 復元は行われながらも
煌びやかな雄姿は 何ら変わってないのでしょうね
個人の一生の儚さ(はかなさ)小ささを しみじみと感じながら
金閣寺を後にしました
車に戻り 伏見稲荷大社 へ
つづきは 次回掲載します
閲覧有難う御座いました